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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(オ)721号 判決 1988年4月07日

上告人

竹田稔

右訴訟代理人弁護士

相馬達雄

右訴訟復代理人弁護士

小田光紀

被上告人

竹田ハツ

右訴訟代理人弁護士

大石一二

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人相馬達雄の上告理由について

原審の認定した事実よれば、(1) 上告人と被上告人は、昭和二四年九月二六日婚姻の届出をし、昭和二五年二月一二日に長女操を、昭和二六年八月一〇日に二女佐和子を、昭和二八年八月一三日に三女通子を、昭和三〇年一月一二日に四女祥子をもうけた、(2) 上告人は、昭和二五年ころから、次々と他の女性と関係をもち、そのために夫婦関係に円滑を欠くようになったが、昭和三一、二年ころからは、清掃業を営む事務所に寝泊りして自宅に帰らないことが多くなり、被上告人が上告人のもとへ行っても、何度か追い返すようなことをした、(3) 上告人は、昭和四五、六年ころから、他の女性と同棲するなどして全く被上告人のところに寄りつかず、被上告人に対して生活費を渡さなくなり、昭和五〇年ころからは、訴外伊東タケミと同棲し、現在に至っている、(4) 被上告人は、当初上告人に対して女性関係を改めるよう要求していたが、上告人からの生活費が途絶えたころから上告人との結婚生活を諦め、自ら上告人と連絡したり、接触することも一切止め、現在は長女操と同居し、その扶養を受けて生活している、(5) 上告人は、被上告人と夫婦としての関係を回復する意思はないとして離婚を望んでいるが、一方、被上告人は、上告人との共同生活の回復を望む気持は全くないものの、上告人に対する不信感とその意のままにされたくないとの気持から、上告人との離婚を拒絶している、というのである。

原審は、右事実関係の下において、上告人と被上告人との婚姻関係は回復不可能なまでに破綻しているが、その責任は専ら上告人にあり、しかも、上告人は被上告人に対し自らの責任を軽減あるいは消失させるに足りる真しな姿勢を示すこともなく、そのほかその責任を軽減ないし消失させるとみられる事情も認められないので、上告人からの離婚請求を許すことはできないとして、右請求を棄却した第一審判決を正当として控訴棄却の判決をした。

しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合であっても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないというのが当裁判所の判例である(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決・民集四一巻六号一四二三頁)。前記事実関係の下においては、上告人と被上告人との婚姻については同号所定の事由があり、上告人は有責配偶者というべきであるが、上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論の終結時まででも約一六年に及び、同居期間や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり、しかも、両者の間には未成熟の子がいないのであるから、本訴請求は、右のような特段の事情がない限り、これを認容すべきものである。

したがって、右特段の事情の有無について審理判断することなく、上告人の本訴請求を排斥した原判決には民法一条二項、七七〇条一項五号の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨の違法をいうものとして論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、右特段の事情の有無につき更に審理を尽くす必要があるうえ、被上告人の申立いかんによっては離婚に伴う財産上の給付の点についても審理判断を加え、その解決をも図るのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官角田禮次郎の補足意見、裁判官佐藤哲郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官角田禮次郎の補足意見は、次のとおりである。

私は、多数意見とその見解を一にするものであるが、離婚給付について、人事訴訟手続法一五条一項による財産分与の附帯申立は離婚請求をする者においてもすることができるとの意見を補足する。その詳細は、多数意見の引用する当裁判所大法廷判決における補足意見において述べたとおりであるから、これを引用する。

裁判官佐藤哲郎の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る説示には同調することができない。

私は、婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につき専ら又は主として原因を与えた当事者からされた離婚請求は原則として許されないが、右のような有責配偶者からされた離婚請求であっても、有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたような場合、相手方配偶者側の行為によって誘発された場合、相手方配偶者に離婚意思がある場合は、もとより許容されるが、更に、有責配偶者が相手方及び子に対して精神的、経済的、社会的に相応の償いをし、又は相応の制裁を受容しているのに、相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶し、又はそのような意思があるものとみなしうる場合など離婚請求を容認しないことが諸般の事情に照らしてかえって社会的秩序を歪め、著しく正義衡平、社会的倫理に反する特段の事情のある場合には、有責配偶者の過去の責任が阻却され、当該離婚請求を許容するのが相当であると考える。その理由は、多数意見の引用する当裁判所大法廷判決における意見において詳述したとおりである。

原審の認定した事実関係の下においては、上告人と被上告人との婚姻は破綻し、上告人はその破綻につき専ら原因を与えた有責配偶者というべきであるから、本訴離婚請求は、前示特段の事情がない限り許されないというべきである。したがって、右特段の事情の有無について審理判断しないまま上告人の本訴請求を排斥した原判決には、民法七七〇条一項五号の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、右特段の事情の有無について更に審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻すのを相当と考える。

(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官角田禮次郎 裁判官髙島益郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎)

上告代理人相馬達雄の上告理由

一 上告人が第一、二審において主張のとおり、被上告人には上告人と婚姻生活を継続する気持ちは全くない。同居、協力、扶助し合っていく気持ちはさらさらにないのである。そのことは第一、二審の証拠に明白であり、被上告人自身が法廷において、その旨供述しているのである。

二 そして、上告人・被上告人はすでに約三〇年にわたり全くの他人として生活している。お互いになんの関心も持たない他人である。

三 では、何故、被上告人は離婚手続を拒否するのか。上告人に対する単なる「うらみ」からのみである。結婚生活は全く望んでいないのである。

四 被上告人をここまで追いこんでしまった点につき、上告人に有責性があることを否定しようとは思わない。しかし、単に、有責性の一事をもって、本件の如き場合に、離婚が認められないとすると、法は上告人と被上告人の婚姻継続を強制することにならざるを得ない。むしろ、上告人と被上告人間の破綻による離婚を積極的に認めて、被上告人よりの十分な財産分与ないし慰藉料請求を認めて、離婚に伴う被上告人の不利を救済するのが、両人格尊重のゆえんではなかろうか。被上告人の不利を救済するのは右方法によるべきであって、融け合わない二つの人格を無理矢理に結び付けておく方法によるべきでない。

五 上告人はすでに他の女性と同棲して長期に及んでいる。しかし、この女性も被上告人の存在を知っていて、一緒になったとは言え、正規に結婚届を出すことを得ずに苦しんでいるのである。ここで、戸籍上の婚姻届という絆さえ、断ち切ってやれば、むしろ、三人の人達は人格的に解放されることになるのである。

却って、被上告人も「憎しみ」の桎梏から解放されることになろう。

六 日本国憲法一三条は「個人の尊厳」「幸福追及の権利」を保障している。

第一、二審判決の「有責性配偶者よりの離婚請求は認めない」という伝統的理論はそれなりに理解しうるのであるが、本件の如き場合、むしろ、右憲法の条項に違反する判決と思料するのである。

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